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zoom RSS 会報記事 『吾輩は猫である』に登場する越智東風の命名について 南八枝子

<<   作成日時 : 2009/12/18 06:57   >>

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『吾輩は猫である』に登場する越智東風の命名について
   南八枝子

 初めまして。丹治伊津子様よりお誘いいただきまして、会報「虞美人草」に一文を書くお許しを得ました。
 伊津子様にはインターネットを通じて、主人の祖父南薫造(洋画家)の美校時代の日記に出てまいります「牛込の夏目の叔母」が夏目漱石の夏目家と関係が有るやなしやを、マックレーン松岡陽子様に伺っていただけないかとご依頼いたしましたのが、ご縁の始まりでございました。伊津子様は松岡様にお問い合わせくださり、松岡様からは漱石のご兄弟の姻戚関係につて懇切なご説明をいただいたとのこと。結論は、夏目違いだろうということでございました。

 伊津子様はその後、山脇洋裁学院(現山脇美術専門学院)創立者の山脇敏子さんと南薫造に親交があったことがウィキペディアに載っていると、ご連絡くさいました。南薫造の出身地は広島県(現呉市)安浦町の医者の家、山脇さんはお隣りの竹原市の医者の家ということで、出身地も近いこと、一八八三年生まれと一八八七年生まれと年齢も近く、両者とも東京に出て美術を志していて共通点も多い、関係を調べてみる価値ありということでした。私どもが今まで全く知らずにおりました新情報です。
 薫造の母道子は竹原の医家日高家から嫁いでいます。日高凉台という道子の祖父は長崎でシーボルトから直接医術を学んだ人です。もしやと思って日高家の家系図を見てみましたら、道子の兄の妻は山脇哲四郎の次女トモとございます。安浦の懇意の方に竹原に行って調べていただいたところ、敏子さんは哲四郎の弟敏夫の子だということが分かりました。敏夫は呉で開業した後、東京に出られたそうです。それが山脇敏子が「小学校を卒業して上京」というウィキペディアの記述につながるものと思われます。山脇敏子さんが漱石と親交のあった津田青楓の(後に別れた)妻だったことは、この会には既に御存知の方も多いかと思います。
 漱石に「文展と芸術」という美術批評があります。まとまった形で残された美術評論としては唯一のものといわれます。「芸術は自己の表現に始まって、自己の表現に終るものである。」という言葉で始まり、第6回文展(大正元年10月)の会場に陳列された絵に批評を加えていくかたちで、持論が繰り返し説かれます。この文は同年朝日新聞に12回にわたって連載されました。
 その文中に南薫造の最高賞2等受賞作「六月の日」について触れた箇所があります。薫造は当時留学から帰って、毎年文展で高位受賞が続いて、一躍注目されるようになっていました。以下、引用です。
《友人は南薫造君の「六月の日」の前に来てどうですと聞いた。自分は畠の真中に立って徳利から水を飲んでいる男が、法螺貝を吹いているようだと答えた。それからその男が南君のために雇われて、今畠の真中に出て来たところだという気がすると答えた。自分はこの間雑誌「白樺」で南君の書いた田舎の盆踊りの光景を読んで大変面白いと思ったが、この画にはあの文章ほどの旨みがないと答えた。》

 褒めていただいているのではないのですが、漱石先生特有の小気味よさが楽しいです。漱石先生の薫造の作品についてのお言葉が活字で残されていることは遺族にとっては貴重で、ありがたいことでございます。

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南薫造作 六月の日 1912年(明治45/大正元)年
 東京国立近代美術館蔵

 ところで、伊津子様への何通目かのメールで私は、自分が実は民俗学の柳田國男と長く一つ屋根の下で暮らした直系の孫だということをお伝えしました。そこで伊津子様から「祖父柳田國男の思い出」を書いてはどうかと言っていただきましたが、文才のない私には上手くまとめられそうもなく、何か「漱石の会」にふさわしいエピソードがないものかと探してみました。すると「吾輩は猫である」に登場する越智東風(おちこち)の名の由来について柳田國男が書いている一文を見つけましたので、ご紹介させていただきたいと思います。
 文章は昭和9年3月、週刊朝日25巻12号に「漱石の猫に出る名――越智東風の由来」という表題で載ったもので、『定本柳田國男集』第23巻所収「さゝやかなる昔」の中に入れられています。
 國男によると、越智東風(おちこち)は自分のすぐ上の兄、井上通泰が歌や新体詩を発表する際に使っていた変名だというのです。
 《夏目さんはかすかな記憶でその名を「猫」に使ったのですが、その本人が井上とは死ぬまでも知らず、井上もまた自分の名が「猫」に使われているとは恐らく未だにしらないでいるでしょう。》と書いています。ちなみに井上通泰が亡くなったのは昭和16年夏ですので、この時点ではまだ健在でした。國男はどうしてお兄さんが「猫」を読んでいないと思ったのでしょうね。通泰は大変な読書家だったそうですのに。
 柳田國男と井上通泰がどう兄弟なのか? 実はこの二人とも実家の姓は松岡です。それぞれ他家へ養子に行っているのです。実の兄弟です。
 井上通泰はウィキペディアによると、と言うのもおかしいですが、「明治期に活躍した桂園派歌人、国文学者、また眼科を専門とする医師でも」ありました。森鴎外の訳詩集として知られている『於母影』(一八八九年)は通泰も共訳者です。國男によると《その三分の二は森鴎外さんの仕事で井上の訳したものがたしかあの中に二つか三つあるはずです。》
 國男が同じ文の中で通泰について書いている箇所を引用します。
《僕等兄弟はどういうものだかみな身体が弱い方ですが、兄ばかりは人並はづれて丈夫で、頑固な身体を持っていましたので、そんなことも大いに影響していると思いますが、とにかく兄は先輩の感化を受けてよくなったというようなことはごく少ないように思います。いつも自分で考えて、自分の力で鍛え上げた人です。しかし、森鴎外、賀古鶴所の二人だけは、兄も先輩として大分敬服していたようで、あの喧嘩ばやい兄も、賀古とは或は一、二度やったかもしれませんが、森鴎外とは恐らく一度も喧嘩もせずに仲よく、お互に敬服しあっていた様に思います。》

 通泰も國男も、森鴎外の始めた同人誌「しがらみ草紙」(一八九〇年〜日清戦争まで)や、その後発刊された同人誌「めざまし草」(一八九六〜一九〇二)への歌や新体詩の熱心な投稿者だったのですが、そのときに通泰が越智東風(おちこち)という《変名》を使っていたというのです。
 「吾輩は猫である」が世に出たのは一九〇五年。この同人誌への歌や新体詩の投稿の盛んだったのは一八九〇年代ということで、越智東風(おちこち)という名を漱石先生が《かすかな記憶でお使いになった》と國男が書いたのは、当然、偶然とは考えられないと思ったからでございましょう。「猫」の中で越智東風は新体詩を書く詩人として登場しますしね。
 國男は「しがらみ草子」と「めざまし草」について、《今度もやはり森さんが主で「めざまし草」というのが出来て、盛んに文学熱をあおったものです。僕などもそのお蔭でいっぱしの文学青年になり、大の森ファンの一人でチャイルド・ハロルドの長い詩の訳詩から原詩まですっかり暗記していたほどの熱狂ぶり》だったと書いています。

 もうひとつ井上通泰に関連して面白い話がございます。
 小泉八雲と言えば、東京帝大に漱石先生が講師として、その後任でお入りになったことが良く知られていますが、井上通泰が玉川に書庫として建てた別荘を昭和31年になって小泉八雲のご長男一雄さんがお買いになり、お住まいになったのです。父上小泉八雲と宍道湖畔に暮らしたことのある一雄さんは、多摩川の水の見えるこの家がことの他気に入られたということです。
 小泉一雄さんのご長男・時さんもここで新婚生活からお送りになり、またそのお子さんの凡(ぼん)さんはここから成城学園の中高大とお通いになり、更に成城大大学院で民俗学で博士号を取っておいでです。成城の中高大ということでは私の20年後輩です。私も民俗学専攻でした。成城大の民俗学コースは柳田國男が成城の自宅内に設けていた日本民俗学研究所を閉じたときに、大学に2万冊の蔵書を寄贈したことをきっかけに昭和32年に開設されました。
 現在凡さんは小泉八雲ゆかりの地、松江で、島根県立女子短期大学の先生をなさりながら、子供達に日本の伝統文化を伝える活動をしておいでです。小泉一雄さんは瀬田の通泰の家を家具ごとお買い上げになったので、お孫さんの凡さんはその昔通泰の使っていた文机と書架を松江に持っていらして、現在もお使いだということです。

 伊津子様に原稿のお誘いいただいたことをきっかけに、私ども夫婦の先祖が、漱石先生に存在を知っていただいていた証拠が活字になって残されていることを確認いたしました。人と人とは思いがけないご縁でつながっているものでございますね。文学にも漱石にも疎い私が、よもや「京都漱石の會」の会報に書かせていただくことがあろうとは8月半ばまで想像だにいたしませんでした。まことにありがたいことでございます。

  (世田谷区在住)  

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南薫造會ル伊澤アトリエ付き別荘
(昭和11年谷口吉郎設計)

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今もそのまま使っています。
(薫造の孫建と妻八枝子)



虞美人草 「京都漱石の會」会報 《第4号》 p.6-7 から転載

画、写真提供 筆者



会報画像

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