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zoom RSS 会報記事 鴨川を隔てて ―漱石と多佳女―   杉田博明

<<   作成日時 : 2009/12/09 02:24   >>

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 鴨川を隔てて
 ―漱石と多佳女―
          杉田博明

 御池大橋西詰に立つ夏目漱石の句碑前で、ことしの四月十二日、発句の背景を偲ぶ銘板の除幕式があった。漱石研究家で、京都の茶道家の丹治伊津子さんらが中心になって昨年十一月に結成した「京都漱石の會」の発足を記念して作成した。漱石の句碑は、昭和四十一年、漱石生誕百年を機に内田貢北里大学教授(鎌倉漱石の會)らによって計画、建立されたが、道路沿いの植え込みのなかにひっそりと埋まって、通り過ごされているのをかねて気にかけていた丹治さんらが銘板の建立を発意したのだった。
 この日、銘板の除幕式に先立って、臨済宗天龍寺派大本山天竜寺管長、佐々木容道老大師が導師になって漱石の追善法要が営まれ、来賓の門川京都市長をはじめ会員が香を手向けた。通りがかりに句碑の存在を知って、漱石と京都のゆかりを偲ぶファンの姿もみられた。
 漱石は生前、四度にわたって京都を訪ねた。最初は明治二十五年七月、友人で俳人の正岡子規とともに、二度目は明治四十年春、入社する朝日新聞にはじめて連載する小説『虞美人草』のためで、三度目は、その二年後の秋、中国東北部への旅の帰路であり、四度目は、大正四年三月。朝日新聞に連載していた随筆『硝子戸の中』の執筆を終えたあとである。入洛は、漱石のからだを案じた鏡子夫人の頼みをうけた友人の画家・津田青楓がさそった。
 この四度目の滞在のとき、漱石は、青楓やその兄で、華道家の西川一草亭の紹介で祇園のお茶屋「大友」の女将磯田多佳との交友を持つが、ある日、二人の間にちょっとした行き違いが起こる。句碑に刻まれる「木屋町に宿をとりて川向の御多佳さんに」を前書きにした句「春の川を隔てゝ男女哉」の背景となる事件である。
 この年、漱石が宿の木屋町通御池の高瀬川沿いの「北大嘉」にはいったのは三月十九日夕刻。翌日からもう漱石のもとには気のおけない人たちが招かれて打ち解けた。青楓の兄で華道家の西川一草亭や多佳をはじめ仲間の梅垣金之助、野村君といった祇園の老妓、元芸妓たち。なかでも和歌や俳句をよくし文芸芸妓の名でも知られた多佳とはことに気が合った。以後、京都を離れるまで、毎日のように出会い、食事をともにし、深夜まで絵画などについて語り明かした。そろそろ桜便りが洛中の名所から届く温暖な季節と身軽な旅行のせいもあったのだろう。漱石は、駄洒落を連発して多佳を笑わせた。
 そんな日々のなかで三月二十三日、多佳は、北野天満宮の梅見へ誘う。翌日、漱石が多佳のところに電話するが、多佳は宇治に出かけたという。漱石は、ひとり博物館から稲荷大社を巡って「北大嘉」に戻って一句を詠むのだった。句碑にある句である。
 漱石の木屋町の宿から、多佳の祇園新橋のお茶屋はほん指呼の距離である。心が解け合えない二人の間を鴨川が隔てて流れる――そんな心境を詠んだのであろう。
 漱石は「暖なれば、北野の梅見にいこう」と多佳が誘ったという。けれども多佳にとっては、「二十四日」と確かな日をきって約束したわけではなかった。漱石のからだを慮って「お天気がよければ…」の条件つきで、やんわりと北野さんの梅見を誘った。京都人にはよほど特別なことがないかぎり、ただ北野さんに行くといえば縁日の二十五日が決まりである。多佳は、この京都の慣例にならっての誘いではなかったか。だから、二十四日は、旧知の加賀正太郎と約束していた宇治に出かけた。加賀正太郎は、ニッカウヰスキー、加賀証券などを創設した実業家で、二十三日には、多佳の紹介で漱石とあっていた。
 漱石はそれを裏切りと解釈したのだ。怒りで、目的もなく国立京都博物館から稲荷大社、新京極まで足をのばした。あげくの果てに青楓に「東京に帰る」といいだす始末だった。この日があって漱石に胃痛が起こる。多佳は、毎日、「北大嘉」に見舞った。
 漱石は以後、滞在中に梅見の一件に触れることがなく、立腹も治まったかに思えた。けれども東京へ帰ったあと、手紙で多佳を激しく責めた。
 「天神様の時のやうなうそを吐くと今度京都へ行ったときもうつきあはないよ」
 と、五月二日の日付けのある手紙で話を蒸し返し、五月十六日付けの手紙で厳しく詰った。
 「あなたは親切な人でした。夫から話をして大変面白い人でした。私はそれをよく承知してゐるのです。然しあの事件以来私はあなたもやっぱり黒人(玄人)だといふ感じが胸のうちに出て来ました。私はいやがらせにこんな事を書くのではありません。愚痴でもありません。ただ一度つき合ひ出したあなた――美くしい好い所を持ってゐるあなたに対して冷淡になりたくないからこんな事をいつ迄も云ふのです。中途で交際が途切れたりしたら残念だから云ふのです。私はあなたと一ヶ月の交際中にあなたの面白いところ親切な所を沢山見ました。然し倫理上の人格といったやうな点については双方ともに別段の感化を受けずに別れてしまったやうに思ふのです。そこでこんな疑問が自然胸のうちに沸いてくるのです。手短に云ふと、私があなたをそらとぼけてゐるといふのが事実でないとすると私は悪人になるのです。夫からもし夫が事実であるとすると、反対にあなたの方が悪人に変化するのです。そこが際どい所で、そこを交互に打ち明けて悪人の方が非を悔いて善人の方に心を入れかへてあやまるのが人格の感化といふのです。然し今私はあなたが忘れたと云ってもさう思へないやっぱりごま化してゐるとしか考へられないのだから、あなたは私をまだ感化する程の徳を私に及ぼしてゐないし、私も亦あなたを感化する丈の力を持ってゐないのです。私は自分の親愛する人に対してこの重大な点に於て交渉のないのを大変残念に思ひます。是は黒人(玄人)たる大友の女将の御多佳さんに云ふのではありません。普通の素人の友人なる私が云ふ事です。女将の料簡で野暮だとか不粋だとか云へば夫迄ですが、私は折角つき合ひ出したあなたにたいしてさうした黒人向の軽薄なつき合いをしたくないから長々とこんな事を書きつらねるのです」(『夏目漱石全集』岩波書店)
 漱石は、この一件を安倍能成に語ったようで、安倍は、後年、「漱石は自分を正直だとは云はなかったが」と前置きして、こう書いている。
 「漱石は自分の気のすまぬことを、好い加減に妥協することはできなかった」と。
 後年、漱石研究家の小林孚俊氏は私家版「漱石と多佳女」に鏡子夫人から聞いた話として漱石の勘違いとしている。
 多佳は、漱石の激しい立腹にひと言の弁解もしていなかった。多佳にとっては、漱石とともに過ごすことができた日々は懐かしかった。漱石の思いが誤解であろうとなかろうと、その誤解の端緒となる事件を生んだのが自分によってであるかぎり、弁解は不要であると考えたのであろう。弁解をすることは、漱石との楽しかった時間が足元から消え、そんな日々のあったことを自ら否定するように、きっと感じたにちがいない。だから、多佳は、漱石の手紙にあるように謝った。
 祇園の女としての誇りを高く持ちながらも、自分の行き届かぬことが発端になって不愉快な感情を抱いたのなら自分が退けば、それはそれでいいではないかというのである。
 多佳の日記を借りれば、気難しいことで評判の漱石が思いがけなく花柳界に泊まったことを「病気なればこそぎおん(祇園)のお茶屋で二度もと(泊)まるとは思ひもよらぬこと」と、謙虚に記している。
 そんな多佳の心情を『祇園の女――文芸芸妓磯田多佳女』(新潮社・平成三年刊)に書いた。
 この一件からすでに九十三年。
 もはや漱石が宿とした高瀬川沿いの旅館「北大嘉」も、祇園白川沿いの多佳のお茶屋「大友」もない。いまは、御池大橋西詰の漱石の句碑だけが、鴨川を隔てた遠くの多佳を想って向かい合うように建つ。
 追善法要では、句碑の傍に植えられた多佳の愛した紫陽花のひと株が花にはまだ早かったが、風に揺れていた。多佳が好んだ伽羅の香がたかれていたのはなによりであった。     (作家・元京都新聞編集委員)

  (本稿は、季刊誌『ぎおん』(平成二十年十月十日刊行)に執筆した、同じ標題の小文に加筆した)

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四度目の入洛で、漱石が泊まった木屋町通御池東の「北大嘉」跡。津田青楓が漱石のために準備した宿であった。第二次大戦後に、キャバレー「おそめ」があった。

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花見小路通新橋西、白川南通り沿いにあった多佳の茶屋「大友」跡。吉井勇の歌碑が建つあたりである。胃痛を起こした漱石は、「大友」で、多佳の介護をうけることになる。



虞美人草 「京都漱石の會」会報 《第2号》 p.7-8 から転載

写真提供 著者(会報から複写)



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