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zoom RSS 会報記事 忘れがたい本年五月の一日 松岡陽子マックレイン

<<   作成日時 : 2009/12/08 19:08   >>

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 忘れがたい本年五月の一日
  内海倫氏訪問、及び内海氏の甥御さん、
  鎌倉の吉井弘氏ご夫妻訪問の記
       松岡陽子マックレイン


 今春五月に二週間ほど日本を訪問しましたが、その間の一日五月十五日に私は大変有意義でしかも楽しい一日を過ごすことができました。それは、「京都漱石の會」の会員でもいらっしゃり、また数年前オレゴンの自宅でお目にかかり、それ以来親しくさせて頂いている大福守氏のご紹介で、京都からわざわざ上京された同会代表の丹治伊津子樣とご一緒に東京都千代田区にあるトヨタ九段ビルのオフィスで、内海倫氏にお会いし、またその後で、鎌倉まで足を伸ばし、内海氏の甥御さんでいらっしゃる吉井弘氏のお宅にお邪魔させて頂いたことです。

 内海氏は現在九十一歳のご高齢と伺いましたが、お元気で心身ともに衰えたところがなく、まだ毎日オフィスに来られて、事務をとられていると伺いました。若い頃から漱石の作品をよく読まれたそうで、お訪ねしたとき、御自身の青春時代に還ることができたと仰ってお喜び頂きました。私が昨年出した「漱石夫妻 愛のかたち」もすでにお読み下さったそうで、いまだに読書力旺盛ということにも感嘆致しました。

 内海氏は元人事院総裁でいらしたそうで、現在も数々の機関の顧問として活躍されていらっしゃるとのこと、彼くらいのお年で、あのようにお元気でいられるのは本当に素晴らしく、お会いしただけで、長寿をお分け頂いたような気分になり、私にとって大きな励みになりました。おいとまする前に二册の冊子を頂き、そのうちの一冊『母との二十年間−−痴呆を患った母の病状と、私たちの介護の報告』を私は帰りの飛行機の中で読ませて頂きました。それは題名通り内海氏が痴呆症になられた母上について書かれたものです。その中で私が特に感激し、また心から同感したことは、内海氏が人間はどんな状態の人でも、その人格を敬わなければならないと言われていることでした。痴呆症で、一見おかしな振る舞いをされるお年寄りの方でも、人間としての自尊心を傷つけないように、その方の人格を敬うことが大切であると言われていますが、これこそ私たち皆がつねに心に入れていなければならないことだと思いました。内海氏は母上看護のご経験から、会社や官庁等でお仕事をされていた時も、この大切な人格尊重を実施されて、彼のもとで働く人々に接しられたことと想像致します。
 私事になりますが、このことから思い出したのは、五十年以上も前のことです。アメリカの大学で小児心理学のクラスを受けたとき、教授がこの世の中は有能である人だけが珍重され、有能でなければ見向きもされない。人間はどんな人でも、小さな子供でも、生まれたての赤ん坊でさえも、その人格が尊重されなければならない。それを今の世の中では多くの人が忘れていると言ったのです。この教えは日本、アメリカ両国の大学で学んだ、どのクラスよりも、生きて行く上に最も為になったと今でも考えています。そして内海氏が言われたことは、このクラスで習ったことと、まったく一致します。

 内海氏の場合は痴呆症のお年寄りで、このクラスでは主に子供のことでしたが、考えは同じこと、どんな人間でもその人格を敬わなければならないということです。大学院卒業後三十年間アメリカの学生を教えましたが、その小児心理学のクラスを受けたお陰で、いつも一人一人の学生の人格を尊重するように気をつかうことができました。つまり優秀であるないに拘らず、才能があるないに拘らず、どんな学生でも公平にその人格を重んじることを実行することに務め、今でもそのクラスを受けたことは誠に幸せだったと思っています。

 ずっと昔で今誰であったかどうしても思い出せませんが、アメリカのある大統領が「子供が無作法に振る舞ったとき、また年寄りがおかしなことをした場合、自分も小さいときにはそのように振る舞った、また将来年をとった暁には、自分もたぶん、そのようなおかしな行動をするだろうことを、いつも頭に入れて、彼等を非難せず寛容に許すべきだ」と言ったと読んだことがあり、そのときなるほど彼はよいことを言ってくれたと思いました。もし運悪く自分が痴呆症になった場合は、自分の人格を尊重して扱っていただきたいし、自分が幸いそうならない場合、もしそういう方に接したら、内海氏の仰ったことをよく頭に入れて、そういう方達の人格を尊重し、これからの余生を生きていきたいものだと思っております。

 内海氏訪問の後、これも大福氏が、内海氏の甥御さんでいらっしゃる、お庭に美しいお花の咲き乱れた鎌倉の吉井邸まで丹治様と私をお連れ下さいました。というのは、この吉井邸にその昔の一夏漱石が過ごしたそうだからです。もちろんお家はそこここ改築されていましたが、お二階やお客間と見える大きなお部屋は昔のままということで、ここに漱石が住んだのかと、いろいろ空想を馳せらせ、お忙しい吉井様ご夫婦のご親切な歓待を受けて少時を楽しませて頂きました。邸内訪問の後、吉井氏が車で海岸までお連れ下さり、五月の美しい鎌倉海岸を満喫させて頂きました。

 鎌倉の海岸は「こころ」にも出てくるので、読者としても感慨無量でございましたし、また昔母の妹栄子叔母が鎌倉に住んでいたので、しばしばその家を訪ね、夏は毎日材木座海岸で泳いだり、海浜ホテルで食事をしたりしたことなどを懐かしく思い出しました。
 その後東京に戻り、素敵な料亭で美味しい御夕食を御馳走になり、そのあと、大福氏のご友人のヴァイオリスト中澤きみ子樣の麗しい音色の独奏を聞かせて頂き、誠に幸せな一日が終わりました。このように二〇〇八年五月十五日は朝から晩まで、私にとって本当に忘れられない一日でした。

   (オレゴン大学名誉教授)

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関健一撮影



虞美人草 「京都漱石の會」会報 《第2号》 p.2-3 から転載

写真提供 関健一(会報から複写)



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