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zoom RSS 会報記事 漱石と松岡陽子マックレイン先生 鳥居吉治

<<   作成日時 : 2009/12/08 19:58   >>

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漱石と松岡陽子マックレイン先生

  鳥居吉治

 私は現在東京におりますが、今年六月まで仕事の関係で新潟に1年半程住んでいました。あるご縁でこのような立派な会報に寄稿する機会を頂戴し、大変光栄なことで御礼申し上げるとともに、その関わりについて書かせていただきます。
 私がメンバーになっていました新潟のロータリークラブで、今年五月に、漱石ご令孫で米国オレゴン大学名誉教授の松岡陽子マックレイン先生をお招きしてお話を伺いました。ご著書の『漱石夫妻 愛のかたち』に沿って漱石のことを大変にわかりやすくお話してくださいました。
 先生は、ロータリークラブのほか二ヶ所でご講演をされましたが、新潟大学主催の講演会では立ち見になるほど盛況でしたし、地元新聞社と地元放送局の共催の講演会では事前予約ですぐ満員になってしまうほどの熱烈な歓迎ぶりでした。新潟大学では、漱石文庫のある東北大学ご出身の二人の先生が熱心に主催してくださり、地元新聞社と地元放送局共催の講演会では各社のトップの方が深い理解を示し、先生のお父様が長岡ご出身であることに配慮くださり、長岡でのご講演の機会を作ってくださいました。
 『漱石夫妻 愛のかたち』で先生がお書きになっていらっしゃるように、漱石夫人のお父上の中根重一氏が明治初期に新潟医学所(現在の新潟大学医学部)で大変にご活躍されましたし、それに伴い漱石夫人の鏡子様も幼少のときに新潟でお過ごしになり、また、先生のお父様の松岡譲様は長岡出身の作家で、漱石からは「越後の哲学者」と呼ばれて一目置かれたお弟子さんで、漱石の長女の筆子様とご結婚されました。戦時中にご家族が故郷の新潟に疎開され、先生も二年ほど新潟でお暮らしになりました。これはご著書にはなかったかもしれませんが、漱石が終生つきあいのあった森成医師は新潟の方だとうかがっています。このような新潟とのご縁があり、ご講演を聴いた新潟の方々も先生が久々に新潟にお帰りいただいたような気持ちで、有難くお話しを伺ったと思います。
 新潟での先生の講演会を通じて、漱石が今でも多くの人々に愛読されていることを改めて強く感じました。おひとりで新幹線にのって新潟までお越しくださった先生のご好意は大変にありがたく感じましたし、一般の市民の方々だけでなく、学生にも丁寧にお話をしてくださった先生の熱意にも頭が下がりました。
 先生より京都漱石の會代表の丹治伊津子様をご紹介いただき、入会させていただきました。京都は漱石自身が大変に関わりのあった場所だったとうかがっており、また引き続き漱石を勉強できる機会を頂戴し嬉しく思っております。漱石が益々多くの方々に愛読され、京都漱石の會がご発展されることを心より祈念しております。

   (株式会社横浜テレビ局代表取締役局長)



虞美人草 「京都漱石の會」会報 《第2号》 p.3 から転載



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