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zoom RSS 会報記事 第二回京都漱石の會に参加して  室 悦子

<<   作成日時 : 2009/12/17 00:55   >>

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 第二回京都漱石の會に参加して  室 悦子

 何回叡山を越えられずに挫折した事か、今回の事があってはじめて読破できました。難解な語句を裏をめくりつつ、又、筋を早く知りたい誘惑と戦いながら読み終えてこの会に望みました。私には、単純な疑問が湧きました。
 「どうして、藤尾さんに死を‥」 「どうして、小野さんは小夜子を選んだの」 「どうして、京都と東京が舞台なのか」 「虞美人草ってひなげしの花の事?」‥‥‥
 講師の先生は、どんな角度から話して下さるのかと、先生は依頼の返事を二週間程かかったとの事 レベルは全然違うでしょうが、それ程難解な本だと言う事が分かりました。

@当時としては、新しい企画だった事(新聞小説の形で世に問うた)前宣伝として、三越の美人画や虞美人草グッツの数々を売り出した。
A破格の原稿料(月給)だった(石川啄木は校正係りで二十五円、漱石は二百円という待遇、洋行帰りで東大出の先生をと新聞社の意気込みは相当なものだった)漱石も初めての新聞小説だった事、時に、漱石先生四十才
B明治四〇年頃の東京と京都が舞台となる。東京への中央集権化が進み地方がさびれて行く時代(それも都だった京都が)、又、戦争の影も見える混乱の時代
C女性像の対立、女性の社会進出の時代‥藤尾さんは超美人で、聡明で、気位高く、物事をはっきり言える自立した女性。小夜子さんは古風で、控えめで自分を抑える女性。漱石は糸子を女性の理想像のように?、又、自転車に乗ってる新しい女性達の絵姿もたくさん描かれているとの事
D文章については、美文調で古典的要素が多くあり、詩的世界の構築であるが当時は評判がよくなかったと
E漱石は四回程京都に行きほとんどの京都名所はまわっていたとの事‥‥(オドロキです)‥‥‥‥‥‥

 講師の先生のお話は、私にとって知らない事ばかりで興味は尽きませんでした。それにしても、「虞美人草」は明治の混乱期には不可欠の作品に思えてきました。新しいものをどんどん吸収する人達、古いものを捨てきれない人達、時代の変化に右往左往する人達に私は、登場人物達と対話してみたい気がした。( 否‘‘藤尾さんはちょっと怖いかな)又、漱石があえて美文調と難解な古文の知識を入れたのは時代への挑戦と思えました。いみじくも、会のまとめ役の椿先生の言われた時代と文学の関係の中で、文学で道義を世に問う事の大切さを話されて、漱石は難解であろうと、知的大衆をつくる為にとそうしたのだと納得いたしました。はじめての参加にもかかわらず皆様のお蔭で心地良いひと時を過ごさせていただきました。渡辺邸も小倉山のみえる雰囲気のあるお宅で最高でした。お世話になりました。 
 お孫さんの半藤末利子さんの出現にビックリ。漱石が漱石先生になった感じです。他の本も挫折せずに読もうという意欲が湧いてきました。次回を楽しみにしております。

   (埼玉県越谷市)



虞美人草 「京都漱石の會」会報 《第3号》 p.21-22 より



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