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zoom RSS 会報記事 円覚寺管長・釈宗演老師の漱石津送法語

<<   作成日時 : 2009/12/08 23:30   >>

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円覚寺管長・釈宗演老師の漱石津送法語

夏目金之助漱石の法名 釈宗演老師による 
大正5年(1916)12月12日(火)葬儀の日
文献院(ぶんけんいん)古道(こどう)漱石居士


葬儀の法語
曽斥翰林学士名 (曽て(かつて)翰(かん)林(りん)学士の名を斥け(しりぞけ))
布衣拓落楽禅情 (布衣(ほい)拓落(たくらく)禅情を楽しむ)
即今興尽遽然去 (即今(そくこん)興尽きて遽(きょ)然(ねん)として去る)
余得寒燈夜雨声 (余し得たり(あましえたり)寒(かん)燈(とう)夜(や)雨(う)の声)
如何是漱石居士。帰家穏坐処。劫火洞然毫末尽。青山依旧白雲中。

(いかなるか、これ漱石居士、帰家穏坐(きかおんざ)のところ、劫火洞然(ごうかどうねん)として毫(ごう)末(まつ)尽き、青山ふるきに依りて白雲の中)。 喝。


最後に宗演老師の大喝の声が響き渡ります。

 第一句は文学博士授与を断った漱石を、第四句は漱石の書斎を宗演はこのように表現しています。

葬儀の時は法語といい、焼香の場合は香語といわれており、この法語については、東慶寺の井上禅定師がわかりやすく見事な解説をされています。
「現世よりもさらに興深きあの世に行った。あの世というのは、もとの仏心の古里の自分の家に帰ってやれやれと、あの世の漱石が娑婆での五十年の旅を思い出して回顧している姿を思いやっての宗演老師の引導の語なのです。そうして諦観しての語として「青山ふるきに依って白雲の中」という答話がおかれているのでしょう。現世も来世もまた来世も諦観すれば、「白雲の中だ」。こういう詩想は漱石も常に持っていたでしょう。」

  法語の一部の読みについて、東慶寺住職・井上正道和尚様にご指導を
  頂きました。




虞美人草 「京都漱石の會」会報 《第2号》 p.5 から転載



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