悲報 松岡陽子マックレイン先生が逝去されました

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悲しいニュースです。松岡陽子マックレイン先生(まつおか・ようこ・マックレイン=米オレゴン大名誉教授)が11月2日午後11時、米オレゴン州ユージンのご自宅で逝去されました。

日本時間では3日になりますので死亡記事が4日の夕刊に掲載されました。報道が最も早かったのは朝日新聞社でした。

陽子先生と親しいお付き合いをされていた東京江戸川区在住の朝日新聞社記者・川崎剛さんから丹治会長にお手紙で、ご子息のドクターケンと電話で聞かれた最後の様子をお知らせくださいました。

川崎剛さんの文を次にご覧ください。



 「ケンさん(48)マリアさん(47)孫のアレハンドロ・ソーセキ君(7)は10月31日(月)の午後7時に松岡さんのお宅を訪ねました。アレハンドロはハロウィ-ンの仮装をしていたのですが、松岡さんは玄関に来られませんでした。鍵で戸をあけて入ると、松岡さんは立つことは出来るけれど、殆ど話せなかったそうです。いやがる松岡さんを病院に連れて行くと、硬膜下血腫の診断で、脳の周囲に大量の出血がみられました。
 手術を数日待って安定してから実施しようと医師団とご自身も医者のケンさんは決めたのですが、事態が急速に悪化したため11月1日(火)に手術を行い、松岡さんの病状はいったん改善しました。しかしその後、卒中の大きな発作が起こり、最期と悟ったケンさんは、家族や友人と過ごすために、ご自宅に戻したのです。その通り友人や家族に見守られ、松岡さんは2日午後11時に息を引き取られました。
 ケンさんは「母は百歳まで生きる」と信じていたので、悲しみにくれていますが、生前の松岡さんがいつも『眠るように瞬時になくなりたい』と言っていたことを思い出し、突然の死がむしろ慰めかもしれないとも語っています。
 ケンさんたちは前の週の金曜日(10月28日)夜に松岡さんを訪れました。その後の週末を、松岡さんは忙しく過ごされ。土曜日はたくさんの日本の木版画を寄贈したオレゴン大学内の美術館で行われた会合に終日参加し、日曜は友人と昼食をともにされました。
 葬儀は数日中に執り行われますが、おそらく追悼の会合がオレゴン大学の美術館で開かれることになりそうです。1924年生まれの松岡さんの誕生日が1月1日だったので、その日になるかもしれません。
 夫のロバートさん、ケンさんご一家のことなどは皆さんご存知でしょうから、きょうの報告はここまでにします。」




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陽子先生は度々来日して漱石ゆかりの地などで講演されご活躍されていました。

京都漱石の會では顧問をお引き受け頂き、定例研究会での講演や会報虞美人草への多くの投稿を戴き、第8号の「東北・大津波、原発事故の日本を訪問した日々」が最後の掲載記事となりました。



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京都漱石の會第3回定例研究会で講演される
ありし日の松岡陽子マックレイン先生
2009年4月11日



今年、数え年で米寿を迎えられましたので、天寿をまっとうされたのかも知れません。


心からご冥福をお祈りします。



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松岡陽子マックレイン先生が会報「虞美人草」へ投稿された記事を追悼特集致します。


松岡陽子マックレイン先生を偲ぶ 会報記事 追悼特集

http://kyotososeki.at.webry.info/201111/article_7.html




※写真説明
  菫、山吹 : 鎌倉円覚寺にて。 海棠 : 鎌倉東慶寺にて
  撮影 北山雅治

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